シングル曲だけでなくアルバム収録曲にも名曲が一杯あって、更にそんな名盤を次から次へと連発するのが私の考える “真に偉大なアーティスト” であり、その究極がビートルズなワケだが、私にとっては中島みゆきもそんなグレイトな存在だ。特に、80年代に入ってサウンド・プロダクションの面で試行錯誤を繰り返しながら迷走する、いわゆるひとつの “ご乱心の時代” 以前のアルバムは隠れ名曲の宝庫ともいえる傑作ばかりで、シングル曲だけで満足してアルバムを聴かないのは勿体ない。そういうワケで、今回は彼女の初期のアルバムの中から必殺の隠れ名曲をいくつかピックアップしてみた。
①流浪の詩
彼女の2ndアルバム「みんな去ってしまった」はアメリカ南部のブルース/カントリー色の濃い内容で、ドリー・パートンや初期リンダ・ロンシュタット的な開放感溢れるそのサウンドは、後の「わかれうた」→「ひとり上手」→「誘惑」と続く哀愁歌謡路線とはまた違った彼女の一面が垣間見れて非常に興味深い。中でもこの「流浪の詩」は彼女がトラディショナル・フォーク・ソングの「Cotton Fields」をモチーフにして書いたというだけあって火の玉ストレートなカントリー・ロック調のアレンジが施されており、歌中で歌われている主人公の放浪感を実に上手く表現していると思う。中島みゆきのバックを初期イーグルスが務めているかのような錯覚を覚えるのは私だけかな? 尚、93年にリリースされたセルフ・カヴァー・アルバム「時代~Time goes around~」でリメイクされたヴァージョンでは唸りも入ったディープなみゆき節が楽しめるので、聴き比べてみるのも一興だ。
中島みゆき“みんな去(い)ってしまった”を約12分で聴く【7:09~】
②まつりばやし
デビュー前の中島みゆきが吉田拓郎の追っかけをするほどの熱烈な“拓郎マニア”だったというのは有名な話だが、そのせいか彼女の作る詞、曲、そしてその歌い方の中に拓郎の影響が色濃く出ている作品がいくつかある。3rdアルバム「あ・り・が・と・う」に収録されているこの「まつりばやし」なんかもろに拓郎節全開で実に楽しい。譜割りを崩してひとつの音符に平気で3つも4つも文字を乗せ、歌でもあり語りでもあるようなその歌い方は全盛期の吉田拓郎が憑依したかのような徹底ぶりだが、拓郎っぽさ横溢でありながらもしっかりと中島みゆき色に染め上げているところが凄いと思った。
中島みゆき「まつりばやし」
③化粧
彼女の4thアルバム「愛していると云ってくれ」はアルバムを聴いた時のインパクトというか衝撃度の凄さで言えば彼女の全作品中随一ではないか。何しろ1曲目の「元気ですか」では暗~い詩の朗読のようなネチこいモノローグが延々と続き、やっとそれが終わったと思ったら間髪を入れず “れぇ~ いこぉ~♪” と井戸の底から響いてくるかのような絶叫で2曲目が始まるのだからたまったものではない。その後「わかれうた」「海鳴り」と続いて何とか平常心を取り戻せそうかな思ったところにこのヘヴィーなブルース「化粧」で完全KOされてA面が終わるのだ。声を震わせながらの “バカだね~♪”3連発が聴く者の心に突き刺さり、クラプトンが乗り移ったかのようなギター・ソロに魂を揺さぶられる強烈無比な5分11秒だ。
中島みゆき “愛していると云ってくれ”を7分台で聴く【2:07~】
④タクシードライバー
一昨日901さんからこの中島みゆき特集を楽しんでいただいているとのメールをもらったのだが、彼女に関する話の中でこの “「タクシードライバー」をラジオで聞いて良い歌を書くなぁと感心した...” と書いておられるのを読んで我が意を得たりと嬉しく思った。この曲は彼女の最高傑作に推す人も多い5thアルバム「親愛なる者へ」の中でも「狼になりたい」と並ぶ名曲中の名曲で、私もこの曲が大好き。“取扱い要注意” なフラれ女を圧倒的包容力で受け止める苦労人のタクシードライバーの人物描写が絶妙で、車内の様子・空気感まで手に取るように伝える彼女のシンガーとしての表現力の高さに唸らされる名唱だ。。
中島みゆき「タクシードライバー」
⑤あわせ鏡
彼女の8thアルバム「臨月」は井上陽水っぽい作風で新境地を開いた「あした天気になれ」や大ヒット・シングルの「ひとり上手」にばかり注目が集まっていたが、私はA③「あわせ鏡」がめちゃくちゃ好きだった。シングル盤特集の「あした天気になれ」のところにこのアルバムはアレンジャーの当たり外れが大きいと書いたが、この曲のアレンジを担当した松任谷正隆は実に良い仕事をしていて、彼女の持ち味を活かすアレンジでやさぐれた雰囲気を上手く演出している。この曲でも彼女はシンガーとしての実力(←残念なことに世間ではあまり言及されないが...)を如何なく発揮しており、彼女が歌う1人称 “あたい” が唯一無比のリアリティーで迫ってくる。
中島みゆき「あわせ鏡」
⑥砂の船
この曲は9thアルバム「寒水魚」のB面ラス前にひっそりと収められていた佳曲で発表当時からあまり話題に上ることもなかったように記憶しているが、私は初めてこの曲を聴いた時から彼女が旋律に封じ込めたえも言われぬ哀愁がたまらなく好きで、“みんな何でこの曲の良さがわからんのやろ???” と不思議に思っていた。それから約20年経った2001年にジャズ・ピアニストの山中千尋がデビュー作の「Living Without Friday」でこの曲を取り上げたのを知って、この曲に目を付けてジャズ化するとは只者ではないなと思ったものだ。曲の髄を捉えて見事なピアノ・トリオ・ジャズに仕上げた山中千尋も凄いが、彼女にそれほどの演奏をさせるくらい強烈なインスピレーションを与えた中島みゆきはもっと凄いと思った。
中島みゆき “寒水魚”を8分で聴く【5:45~】
山中千尋 “Living Without Friday”より「Sand Ship」【10:27~】